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漢拏山(ハルラサン)の標高650mの麓に位置する大韓仏教曹渓宗第23教区本寺観音寺(カンヌンサ)は、済州(チェジュ)の30余りの寺院を管掌する済州仏教の中心である。その力の根源は済州の仏教の歴史に見出すことができる。済州の様々な神話、伝説、民話を通じて、クェナムジョル(済州方言で観音寺)、ゲナムジョル、ドンクェナムジョル、ウンジュンジョルと呼ばれ伝えられ、高麗(コリョ)の成宗(ソンジョン)時代の地理書に観音寺の記録が残っており、朝鮮(チョソン)時代にも存在していたことが知られている。 朝鮮が儒教を崇尚したため、1702年、李衡祥(イ・ヒョンサン)牧使により済州地域の寺院が全て撤廃され、観音寺も姿を消すこととなった。200年の間、仏教の命脈を保っていたが、1908年、安峰麗観(アン・ボンヨグァン)師により重創された。師は地域の反対に遭いながらも、海月窟(ヘウォルグル)で3年間観音祈祷を捧げ、法堂(ホッタン)と寮舎を完成させた。その後、統営(トンヨン)の影画寺(ヨンファサ)などから仏像と幀画(テンファ)を迎え入れ、寺院としての体裁を整えるに至った。寺院の外観を整えるための仏事が一段落すると、済州の中心地である中央路(チュンアンノ)に市内の布教堂である大覚寺(テガクサ)を建立し、済州の道民と共に歩む積極的な布教活動を展開した。これにより、長い間途絶えていた済州の仏教が観音寺を中心に蘇り始めた。しかし1939年、火災により大雄殿(テウンジョン)などが全て焼失し、続いて1948年の済州4・3事件当時、観音寺の位置が戦略的要衝地であったため、討伐隊と入山武装隊が観音寺を中心に激しく対峙する過程で、全ての殿閣が焼失した。 漢拏山(ハルラサン)への入山禁止が解除されたことに伴い、1969年から大雄殿(テウンジョン)を皮切りに、禅房、霊山殿(ヨンサンジョン)、海月閣(ヘウォルガク)、四天王門(サチョンワンムン)、一柱門(イルジュムン)、鐘閣(チョンガク)などを再建し、現在の姿を持つに至った。観音寺ではテンプルステイ体験が行われており、教員職務研修教育、タルピッ・ドン・ドン(ウォーキングヒーリング瞑想)、土曜瞑想旅行、幸福瞑想&ヒーリング、マンダラ体験などを運営している。 ◎ 韓流の魅力に出会う旅行情報 - ドラマ ウ・ヨンウ一行が済州へ向かった理由は、ファンジサという名前の寺院にまつわる事件のためだった。ところがこの寺院、あまりにも美しすぎて多くの視聴者が撮影地を気にしたが、ここの実際の名前は「観音寺」である。「観音寺」は済州の30余りの寺院を管掌する済州仏教の中心となる寺院である。蓮灯が吊るされた空から、心を浄化する寺院、海月宮(ヘウォルグン)など見どころが多い場所である。