
桐寺は、新羅第19代訥祗王(417年)の時代に、高句麗の僧侶である阿道和尚が、仏教がなかった新羅に布教のために最初に建立した海東仏教の発祥地であり、新羅最初の伽藍として知られています。阿道和尚が修行の地を探して巡っていたところ、冬にもかかわらずこの地に桃の花と李(すもも)の花が咲き誇るのを見て、良い場所であると悟り、ここに毛礼長者の寄進によって寺を建立し、桃と李から名を採って桐寺としました。新羅仏教の初転法輪地であり仏教の聖地であるこの場所で、阿道和尚が新羅に仏教を伝えに来た際に祀ってきた釈迦牟尼仏の真身舎利が、1976年の釈迦牟尼舎利塔補修工事中に金銅六角舎利函に奉安された状態で発見されました。桐寺釈迦牟尼舎利塔金銅舎利器は8世紀中頃に作られたものと推定されており、国宝第208号に指定され、現在は直指寺聖宝博物館に寄託保管されています。新羅が仏教を公認したのが514年(法興王14年)であり、それより70年以上も前に創建された桐寺は、その歴史にふさわしく、有形文化財としては宝物である華厳石塔があり、阿道和尚銅像(2002年に新たに建立)、釈迦牟尼舎利塔、阿道和尚史跡碑、朝鮮後期仏画(タンファ)があり、指定された仏教の教義と仏教文化の普及のためのテンプルステイを運営しています。