
なし
創建 804年 · 통일신라
조계종
팔공산, 영산회상도(보물)
八公山自然公園内に位置する把渓寺は、大韓仏教曹渓宗第9教区本山である桐華寺の末寺であり、一帯は鬱蒼とした森と澄んだ渓谷が仙境を成している。寺の記録によると、愛荘王5年(804年)に心智王師が創建し、宣祖38年(1605年)に契寬が重創し、粛宗21年(1695年)に玄応が三度目の再建を行った。 把渓寺は朝鮮の英祖との縁が深い。粛宗が宮殿の中に僧侶が入ってくる夢を見て、夢の中の僧侶を南大門の外で探すと永遠禅師であった。彼に王子誕生の祈祷を依頼し、しばらくして淑嬪崔氏に胎気があり王子が誕生した。それが後の英祖である。喜んだ粛宗は僧侶に玄応という号を下賜した。当時、把渓寺は儒生たちの横暴が激しく、玄応は王室の位牌を祀るように粛宗に請願し、儒生たちの横暴を防ぐ賢明さを示したと言われている。現在も把渓寺には下馬碑が現存し、玄応大師の碑石と浮図、そして英祖大王の道袍が保管されている。 現存する堂宇としては、円通殿を中心に震動楼・説禅堂・寂黙堂など、格式高い4棟の堂宇が「口」字形を成している。円通殿はその中心となる殿閣で、乾漆観音菩薩坐像が安置されている。この他にもこの寺には霊山会上図(宝物)や王室願堂関連の古文書などがあり、法堂の前には高さ2mの八角石灯籠があり、粛宗の下賜品である屏風2枚と玉2個、寺の西側に建てられた玄応など三人の大師の浮図と碑がある。付属の庵としては、玄尼庵、金堂庵、聖殿庵、七星庵などがある。このうち聖殿庵には、朝鮮時代のものと見られる玄応の肖像画と壁画がある。 名前の由来である「幾つもの水路に散らばった水を一つに集める」という意味の把渓寺は、八公山自然公園内でも澄んだ渓谷を誇り、その美しさが有名になるほど美しい寺院である。