元暁寺元曉寺

なし

創建 年 · 삼국시대

조계종

원효대사

道峰山と賜牌山に挟まれたフェリョンヌンソンに位置する元暁寺は、新羅善徳女王の時代に元暁大師(617~686)が修行した場所であり、北漢山国立公園に属している。地下鉄1号線望月寺駅から登山道を約50分ほど上ると到着するが、岩窟を好んだ元暁大師の修行の場らしく、岩の絶壁に囲まれた場所に位置している。大韓仏教曹渓宗第25教区本寺である奉先寺の末寺であり、京畿道の伝統寺刹である。元暁寺は現在残る寺史記録がなく、正確な創建年代やどのような経緯で滅失したのかは不明である。しかし、元暁大師がこの石窟(現在の羅漢殿)で修行したと伝えられており、その後も多くの禅僧が悟りを開くために精進した場所であったようだ。1954年に再建された際、それを証明する多くの仏器や割れた器、匙、瓦などの高麗・朝鮮時代の遺物が出土したためである。特に、貨幣の年代を正確に特定できる「崇寧宝重」と刻まれた銅銭が発見された。(崇寧は宋の徽宗の時代である1102年から1106年までの5年間使用された年号である。) 1956年、尼僧ウイルがここの石窟を発見し、修行しながら復元事業を開始した。元暁大師が安居し、祈っていた場所であるとして寺の名前を元暁寺とし、元暁大師の銅像を建立した。これと並んで、松潭正隠(ソンダム・チョンウン、1927~)大禅師の銅像も共に建立されている。(松潭正隠は生涯隠遁の修行者として生き、10年間の黙言修行で悟りを開き、別名「黙言禅師」と呼ばれている。) その隣には七層石塔があるが、これは日本統治時代に対馬の藩主であった宗義智(1558~1615)の一族が1910年代に全羅北道西南部の地域から対馬へ移送したものだ。その後、長崎の三木耕人という人物の邸宅に2007年まで建立されており、これを日本の大学で教授として在職していた朝鮮通信使研究者の洪鍾弼教授が知り、韓国内への返還を推進した末、ここ元暁寺に移建された。 その他にも、1626年(仁祖4年)3月、宮女である尚宮崔氏の発願により完成されたハングル写経「議政府元暁寺妙法蓮華経」を所蔵しているが、一般公開はされていない。この写経はハングルの表音法研究において重要な資料と評価されている。