
なし
創建 573年 · 삼국시대
조계종
東祝寺は蔚山地域の古刹として、新羅の仏国土思想が反映された聖地である。新羅の真興王とインドの阿育王の精神的な出会いという歴史的背景を持つ場所で、阿育王が船に積んで送った釈迦三尊仏の模型を奉安するために建てられた寺院であるという縁起説話を伝えている。東祝という名前からも、ここが並々ならぬ仏国土であることを推察できる。すなわち、仏国土の故郷であるインドが西方の国であることから「西祝(せいちく)」と称されたように、これと対比される名前として「東祝(とうしゅく)」と称された当時の新羅の仏国土思想の一面を垣間見ることができるのだ。これは、新羅に釈迦牟尼の過去仏の時代から7つの寺院跡が存在していたという「仏縁国土(ぶつえんこくど)」という思想が内在しているものであり、インドの阿育王を理想とし、その足跡を追おうとした真興王時代の新羅仏教文化の復興ともつながる。かつて、東祝寺が位置するこの地は、蔚山東面八景の一つである「祝巌暁鐘(しゅくがんぎょうしょう)」、「蟾巌賞風(せんがんしょうふう)」と呼ばれ、詩人墨客の足繁く訪れた場所であった。特に、東祝寺の頂上にある観日台は「蟾巌(せんがん)」と呼ばれ、東祝寺の鐘の音と共に、日の出の東海(トンヘ)を眺めることができる場所として有名である。