蓮花精舎蓮華精舍

京畿道利川市雪城面雪城路570番ギル 50-319 (自石里山 51)

創建 年 · 고려

蓮花精舎の場所には、高麗時代に創建された陰竹寺という寺があったと伝えられています。陰竹寺の創建と沿革は知られておらず、廃寺となった時期も確認されていません。1967年、長らく廃寺となっていた寺跡に大雄殿や寮舎などを建て、蓮花精舎と名付けられました。しかし、数年後、寺は土砂崩れにより再び廃寺となりましたが、1982年に住職の円峰が再建し、今日の寺の姿を整えるに至りました。 寺の建物としては、大雄殿、山神閣、寮舎などがあり、いずれも1982年の再建以降に新しく建てられたものです。 遺物としては、1983年に京畿道文化財資料(現、文化遺産資料)に指定された「利川自石里石仏立像」があります。石仏立像は蓮花精舎の裏手、自石里の南の山麓にあり、頭には円形の広い笠をかぶり、長い楕円形の顔に比べて目、鼻、口が小さく表現されています。衣の襞(ひだ)と手印は摩耗が激しく、確認が難しいです。高麗中期に造立されたと推定されるこの石仏立像には、以下のような説話が伝えられています。高麗の時代、この地の陰竹県(雪城面)に新しい県監(地方官)が赴任しました。その後、県監と村人たちは原因不明の病にかかり、あらゆる苦労をしましたが、ある日、県監の夢に石仏が現れ、「土の中から私を掘り出し、寺を建てて供養すれば病は治るだろう」と告げました。県監が夢の中の石仏の言葉通りにすると、皆の病は洗い流すように治ったということです。(出典:韓国民族文化大百科事典)