
なし
創建 722年 · 통일신라
조계종
지리산, 진감선사탑비(국보), 차시배지
双磎寺は、新羅聖徳王21年、三法僧が留学を終えて帰国した際、中国仏教禅宗第六祖慧能の舎利を奉じて帰り安置し、建立した寺である。文聖王2年(840年)には真鑑禅師慧昭が玉泉寺と称したが、定康王2年には双磎寺に改称された。壬辰倭乱の際に焼失した双磎寺は、仁祖10年(1632年)に碧巌大師が再建した。見どころとしては、双磎寺の桜が特に有名であり、孤雲崔致遠先生の直筆である双磎石門、真鑑禅師大空塔碑、北側の国師庵の庭にある天然のニレの木、東北に青鶴峰と白鶴峰の二つの渓谷を挟む仏日瀑布など名の知れた場所がある。一方、双磎寺は茶と縁が深い場所であり、新羅興徳王3年(828年)、金大簾が唐の使臣として赴き、初めて茶の木の種を持ち帰り、王命により智異山南側の双磎寺一帯に植えたとされ、一柱門の手前には茶栽培始源追遠碑が建てられており、村の茶畑にも茶栽培始源地記念碑がある。