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新羅 文武王8年(668年)、義湘大師が創建した寺院で、大雄殿の地に9匹の龍が住んでいた池を埋め立てて寺院を創建し、九龍寺[九龍寺]と称したが、朝鮮中期に亀岩の説話と関連して現在の名称である亀龍寺[亀龍寺]に改称したと伝えられている。また、『雉岳山亀龍寺事蹟』によると、新羅末期の高僧、道詵国師によって創建されたと記録されている。現在は康熙45年の文字が刻まれた瓦当が出土しており、粛宗32年(1706年)に亀龍寺が再建されたことがわかる。大雄殿の前の左右には西祥院と普光楼、寂黙堂、尋剣堂といった僧坊があり、この他にも円通門、国師壇、四天王門、梵鐘閣、応真殿などがある。寺の入口には朝鮮時代に造られた浮屠群があり、また亀龍寺の伝説を物語る亀岩と、滝壺に龍沼がある。また朝鮮時代に作られた黄腸禁標があり、これは雉岳山一帯の松林に対する無断伐採を禁じる標識である。