
なし
創建 824年 · 통일신라
조계종
가지산, 비구니 수행도량
石南寺は、迦智山の東麓、蔚山広域市蔚州郡上北面徳峴里に位置する寺院で、大韓仏教曹渓宗第15教区本山である通度寺の末寺である。石南寺という名前は、迦智山をかつて石綿山と呼んだことから、その山の南に位置するため名付けられたという話が伝えられている。憲徳王(新羅第41代、西暦809-826年)の時代に、韓国に初めて禅を導入した道義国師が、かつて霊山名地を求めて旅をするうち、迦智山の法雲地を発見して伽藍の地を定め、新羅の護国を祈願するために創建した。創建後、幾度も再建・修復を重ねたが、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の際に焼失した。その後、1674年(顕宗15年)に彦陽県監・姜翁の寄進により、卓英、慈雲、義哲、泰柱が中興し、眞慧、雙圓、益義、性進が丹青を施し、同時に鐘や太鼓などの仏具を揃えた。続いて、正遇、覚一、石猛らが極楽殿、清風堂、青雲堂、清華堂、香閣を増築し、熙哲禅師が冥府殿を建立した。その後、長い歳月が流れて荒廃したが、1912年に友雲僧侶によって再び修復された。しかし、朝鮮戦争によって廃墟となり、それまで残っていた新羅古刹の姿はことごとく破壊されてしまった。このように廃墟となった寺を、1957年に尼僧の仁弘僧侶が住持として赴任し、まず大雄殿、極楽殿、その他付属施設を修復・再建し、次に鐘閣、沈渓楼、尋剣堂などを新築して寺院の姿を一新させた。現存する堂宇としては、大雄殿、極楽殿、降仙堂、祖師殿、尋剣堂など約30棟があり、純祖3年(1803年)に建立された大雄殿と、1791年(正祖15年)に建立された極楽殿がある。この他にも文化遺産として、道義国師の舎利塔と伝えられる宝物第369号「石南寺浮図」、慶尚南道有形文化財第22号「三層石塔」、朝鮮初期の「ヤマウコギの飼い葉桶」や「石の飼い葉桶」などがある。